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大分地方裁判所 昭和30年(行)15号 判決

原告(選定原告) 荒金利喜太 外一名

被告 大分県知事

主文

原告等の訴のうち、別紙一覧表77記載の土地の二分の一の持分権に関する部分ならびに同一覧表44乃至46記載の土地に関する部分はいずれも却下する。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判。

原告等は「被告が昭和三十年六月二十五日別紙一覧表記載の各土地につきそれぞれ同表売渡通知書交付の相手方欄記載の荒金秀吉外五十五名に対してなした売渡処分はいずれもこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、別紙一覧表「物件欄」記載の各土地(以下本件土地という)はもとそれぞれ同表「買収前所有者欄」記載のものの所有であつたところ、いずれも自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三条に該当するものとして買収されたものである。

二、そして右土地は買収後、自創法施行規則第七条の二の三の規定によつて五ケ年売渡保留地に指定され、更にその後農地法の公布の日から二年間(昭和二十九年七月十四日まで)その保留期間を延長された。

三、ところが昭和三十年六月三日大分県農地部長は別府市石垣農業委員会に勧告して本件土地の各耕作者より農地法第三十七条所定の買受申込書を同委員会に提出せしめ、右申込書に基く同委員会の進達を承認して、被告は同法第三十九条及び第三十六条により昭和三十年六月二十五日発行の売渡通知書をそれぞれ別紙一覧表「売渡通知書交付の相手方欄」記載の荒金秀吉外五十五名に交付して売渡処分(以下本件売渡処分という)をなし且つその一部については登記手続をもなしたものである。

四、しかしながら右売渡処分には次のとおり違法事由があり取消さるべきであり、原告等及び選定者等はこれが取消の訴をなすにつき利益を有する。

(一)、本件土地は農地法施行令第十六条第四号に該当し同法第八十条によつて旧所有者に売払わるべきものであつて、同法第三十六条第一項但書に該当するから売渡処分をなすべきものでないのにこれをなした違法がある。即ち

(1) 本件土地は大分県別府市南石垣及び北石垣にあり、その位置は同市大字別府と大字亀川の中間、国道第三号線にそう両側約八十米の地域内にあつて前記買収処分当時は勿論、古く大分県速見郡石垣村に属していた頃より市街地建設の必要にせまられており、そのことは客観的にも明白な土地であつたのみならず、昭和五年一月二十五日には都市計画法第二条第二項により、先に昭和二年勅令第三十五号によつて同法第二条第一項による市に指定せられていた別府市の都市計画地区に編入されていたものである。

(2) そして右買収処分後においても昭和二十五年七月十八日別府国際観光温泉文化都市建設法(以下別府法という)が公布施行せられるや、これと相呼応して本件土地の中央部東側海岸には別府国際観光港が経費五億八千万円五ケ年計画で昭和二十六年十月一日着工され現にその完成を目指して進捗中である。

(3) 更に別府市は建設大臣の右別府国際観光温泉文化都市建設計画石垣土地区画整理区域の決定通知を受け、昭和三十年三月三十一日右地域のうち最も緊急の必要ある第一工区につき設計認可を受けたのであるが右工区は境川より春木川に至る海岸線路までの間で本件土地のうち別紙一覧表記載11乃至19、26、29、30、51乃至59、64、65、68、72、86を除くその余の土地がこれに包含せられ右区画整理事業は同年十一月より着工し、期間三年で完成の予定である。本件土地は以上のとおり買収時は勿論売渡処分時においても農地法施行令第十六条第四号に該当し、従つて農林大臣は同法第八十条により売払の認定をなすべく(右認定は法規裁量であつて自由裁量ではない。)同法第三十六条第一項但書に該当する場合となる。

(二)、仮りに本件土地につき農地法第八十条による農林大臣の認定がなく或は同法施行令第十六条所定のいずれにも該当しないが故に同法第八十条の適用されるべきものでないとしても、同法第三十六条第一項第一号にいう「自作農として農業に精進する見込あるもの」とは少くとも将来自作農を創設するに値するだけの長期間農業に精進することのできる客観的見込のある農地の存在することを前提とするものであるところ、本件土地は明日にでも住宅地ないし市街地となろうとすること客観的に明白な土地であるから同法第三十六条第一項第一号の適用されるべき場合ではないに拘らずこれらのものに対してなされた前記処分は違法で取消さるべきである。

(三)、なお本件土地につき同法第八十条の適用をみるならば原告等及び選定者等は売払を受くべき権利を本件違法の売渡処分によつて害せられたのであるからこれが取消を求めるにつき訴の利益を有することは当然であるが仮りに右第八十条の適用を受けるものでないとしても次のとおり返還請求権を有するものであるから右違法の売渡処分の取消を求めるにつき訴の利益を有する。

元来自創法第三条による買収は国が当該土地の所有者の意思に反して強制的に個人の財産権を抑圧したもので実質的には財産権の侵害である。

したがつてその買収並にその後の保留、売渡もすべて自作農制度という唯一の目的達成の範囲内においてのみ、いわゆる公共の福祉に合するものとして容認されているのであるから、この目的を逸脱する場合すなわち、この目的に適しない土地又は適しなくなつた土地の如きはこれを保留すべきではなく、買収時の各所有者又は相続人に返還すべきものでありこのことは条理にも合するところである。

もしこれに反し自創法及び農地法の前掲法条が一旦国が買収した以上その所有権は完全に国に移転し自作農創設という目的以外の場合でも自由に処分できるという趣旨にあるとすることは憲法の保障する財産権を侵害するものとなるのである。

(四)、更に本件売渡処分は別府法に違反するものである。すなわち同法は昭和二十五年七月十八日に公布即日施行された特別法であるが、同法第三条、第四条によれば、国及び地方公共団体は同法に基づく別府市の建設事業の促進完成のため援助を与うべき義務を負わされ、且つ国は国有財産の譲与まで約束してその目的の達成に協力しているのである。

しかるに本件売渡処分は同法に基づく都市計画事業の基本的眼目である観光港の正面に自作農地を創設しようとするもので同法第三条に違反する。

五、本件買収処分後本件土地の前記旧所有者のうち後藤勘六は昭和二十四年六月八日死亡し、後藤義彦、後藤チヨウがその遺産を相続し、森吉之助は昭和二十八年八月十八日死亡し、森喜子、森斌、中山宏子、姫野操、藤井康子がその遺産を相続し、緒方清躬は昭和二十六年十二月三十一日死亡し、緒方隆、緒方鐘、緒方彰、緒方烝がその遺産を相続し、樋口敬典は昭和三十年一月二十九日死亡し樋口タマエ、樋口久美子、樋口洋子、樋口雅樹がその遺産を相続した。

六、よつて右旧所有者ないしその相続人である別紙目録記載の選定者等及び原告等は被告がなした前記売渡処分に対し、その直接の利害関係人として農地法第八十五条に従い昭和三十年八月十七日農林大臣に訴願したが、その後三ケ月を経過しても裁決がないので、右売渡処分の取消を求めるために本訴請求に及んだ。

第三、被告の答弁

一(一)  選定者武田忠六は本件買収処分前に訴外大塚善一と別紙一覧表77記載の土地を各二分の一宛共有していたものであるところ、本訴請求は共有者全員でなすべきであつて、共有者の一人のみでは当事者適格を有しないから、同人に関する部分については原告等は訴訟追行権はなく右部分の請求は不適法である。

(二)  別紙一覧表44乃至46についての請求は、右土地は選定者河野忠において買収されたけれども再びこれにつき売渡を受けたものであるから、右売渡処分の取消を求める利益がなく、これに関しては原告等に訴訟追行権なく原告等の右部分の請求は不適法である。

(三)  農地法第八十条第二項は国に対して買収前の所有者に売払うべき義務を課したものでなくしたがつて旧所有者は売払を受くべき請求権を有しないこと後述のとおりであるが、仮りに同条項によつて旧所有者が売払を受くべき請求権を有するものとしても同法施行令第十八条第一号により旧所有者の相続人は売払を受くべき請求権を有しないから、旧所有者の相続人である選定者後藤義彦、後藤チヨウ、森喜子、森斌、中山宏子、姫野操、藤井康子、緒方隆、緒方鐘、緒方彰、緒方烝、樋口タマエは法令上当然に該土地を自己に売払わるべき地位にはなく、本件売渡処分の取消を求めるべき利益を有しない。

したがつて右選定者等に関する部分につき原告等は訴訟追行権なく、右請求は不適法である。

なお右農地法施行令第十八条第一号は後に二の(三)に述べるとおり、同法第八十条第二項が恩恵的なものと解すべきであるから憲法に違反するものではない。

二、原告の請求原因に対する答弁。

(一)  原告主張の請求原因事実中一乃至三、四の一の(1)乃至(3)、五、六の各事実は認めるが、その余の主張事実は争う。

(二)  原告主張の本件売渡処分の違法事由(一)に対して。

原告は本件土地は農地法第八十条によつて原告等及び選定者等に売払わるべきであると主張するけれども、農地が同条による売払をなすべき場合か否かは同条第一項所定の農林大臣の認定によつて決せられ、右認定がない限り既に所謂創設農地たるべく連命づけられた農地については同法第三十六条第一項各号の要件を具備する限りその売渡をなすべきである。

しかるにその認定がないのであるから農地法第八十条及び第三十六条第一項但書の適用の余地はなく右第三十六条第一項の要件を具備するものとしてなされた本件売渡処分は違法ではない。

仮りに同法第三十六条第一項但書を解して当該農地が同法第八十条第一項所定の認定をなすべき場合をも包含するものとしても、本件土地は同法施行令第十六条第四号に謂う「公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり、且つその用に供されることが確実な土地」に当らない故、本件土地は右条項に該当するものとして認定をなし得ないから、この点において被告の本件処分を違法とすることはできない。すなわち

原告主張の別府国際観光温泉文化都市建設事業は遅々として進捗せず現在諸種の事情から停頓状態にありその完工の見通しはつけ難い状態にある。別府法に基づく建設事業の構想は原告主張の位置に最高一万屯級の船舶の繋留可能な規模と設備を有する観光用港湾施設(いわゆる別府国際観光港)を建設しこの正面附近に国鉄別府駅を移転しこゝを起点として阿蘇、雲仙に伸びる国際観光ルートの完成を目指すもので、本件土地が含まれる石垣地区区画整理区域は右観光港の正面に位置しこの地域にその位置関係に相応ずる各種観光用施設を建設しようとするものゝようである。しかしながらこのような構想が果してその意図するように現代的な観光用施設としての機能を十二分に果し得るか否かの点については当初から多大の疑問が持たれており、かたがたこのような構想が実現するとすればそれが現実の別府市の都市型態に変化を及ぼすことは不可避的な現象であるために市政及び住民の生活関係に至大の影響を及ぼすこともまた避けがたいところである。従つてかゝる構想自体批判が加えられておりこれが推進についての地元の態勢は十分ではない。更に別府法自体予算の裏付を伴わない法律で現在予算面の制約から右事業は全く足踏み状態にあつて何時になつたら完工するのかその見通しさえ立たない状況である。

したがつてこれと一体不可分の関係にある石垣地区区劃整理事業のみを独走せしめても無意味である、しかも右事業の事業費は国庫補助、県費及び地元市の負担によつて賄われるところ、それらの予算措置も意の如くならないまゝ現在に至り該区劃整理事業は計画調査の域を出ていない現状にある。

(三)  違法事由(二)及び(三)に対して。

原告は仮りに本件が農地法第三十六条第一項但書に該当しなくても、本件土地の前記性質上同法第一条所定の目的に適しなくなつた以上、同法第三十六条第一項の売渡処分をなすべきではなく、これに反し右法条は斯る場合でも売渡処分を命じている趣旨と解することは明らかに個人の財産権を侵害するもので憲法違反であると主張するが、国が自創法に基づく適法な買収処分によつて取得した土地は所有権が完全に国に移転し、買収処分前の所有者とは最早無関係となる。尤も右農地買収処分は自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進という目的のためになされるものであるが、一旦適法になされた買収処分は爾後の事情の変更によつて右目的に供しないことを相当とするに至つたからといつて、そのために当然に買収処分が失効するか又は当然に買収処分前の所有者がその返還を求める権利、ないしは国がこれに対して売払うべき義務は生じない。

この場合買収地を如何に処分するかは全く国の立法政策の問題であつて、法令によつて相当とする処分方法を講じうべく、農地法第八十条はそれを規定したにに過ぎない。いわば同条所定の認定及び売払いは旧所有者にとつては恩恵的なものに他ならない。従つて何ら憲法に違反するものではない。

第四、被告の主張に対する原告の反駁。

一、原告の選定者武田忠六は本件買収処分前に訴外大塚善一と被告主張の土地を共有していたことは認めるが、共有物の保存行為として単独にて売渡処分取消請求をなしうるから当事者適格を欠くものではない。

二、選定者河野忠が被告主張の土地を買収され、同土地につき再び売渡を受けたことは争わないが、右売渡処分の取消を求める利益はある。

三、農地法施行令第十八条第一号は憲法に違反し無効である。即ち元来相続とは当事者の責に帰すべからざる偶然の事実による地位の承継で相続人に被相続人の権利を包括的に承継する権利のあることは私法上の大原則であるところ、買収せられた土地は自作農創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に当初より合致しないか又はその後において合致しなくなつたときは買収前の所有者に売払わるべきものであつて右売払を受けるべき期待権は相続人において承継しうるのである。

しかるに前記法令は法律の委任なきに拘らず、命令をもつてこの期待権を制限せんとするものであるから憲法第四十一条に違反し無効のものである。

よつて相続人についても農地法第八十条の適用を認めるべきものである。

仮りにしからずとしても右選定者等は被相続人の有する土地返還請求権を相続したものであるから訴の利益を欠くことにはならない。

四、被告は農地が農地法第八十条による売払をなすべきかは同条所定の農林大臣の認定によつて決せられ、右認定がない限り同条の適用の余地はないと主張するが、農林大臣は右認定を自己の自由裁量においてなしうるのではなく、一定の要件を具備する限り認定をなす義務を負うものである。即ち右認定は法規裁量に属する。

したがつて同条は現実に認定した場合のみならず、認定すべき場合をも含み、右認定がなくても同条の要件を充足する限り、同条による売払をなすべきであつて、同法第三十六条第一項但書の適用がある。

第五、証拠の提出並にその認否〈省略〉

理由

第一、被告の当事者適格ならびに訴の利益の欠陥の主張について判断。

一、被告は選定者武田忠六のためにする部分の原告等の請求は不適法であると主張する。

しかして別紙一覧表記載77の土地は選定者武田忠六において本件買収処分前に訴外大塚善一と右土地を各二分の一の持分をもつて共有していたものであることは当事者間に争いがないから買収処分前旧所有者が売払を受ける利益を有するものとせば右武田忠六は二分の一の持分権については売払を受けうる利益を有することゝなり、本件売渡処分によつて右利益を侵害されることゝなるから、右の限度においては売渡処分の取消を求めうるものというべきであり、この部分につき被告の主張は採用できないが、その余の持分については本件売渡処分によつて何ら害されることはないから右部分についての訴は不適法であり却下さるべきである。

この点につき原告は共有者の保存行為として許容されるべきであるというけれどもこれは保存行為にはあたらないから右主張は採用できない。

二、次に被告は選定者河野忠のためにする請求のうち別紙一覧表44乃至46記載の土地については本件売渡処分の取消を求める利益がないと主張する。

しかして右河野忠が右土地を買収された後再びこれにつき売渡処分を受けたことは原告等の自ら主張するところで他に特段の事由の認められない本件においては右河野忠は右売渡処分によつて不利益を蒙つたものとすることはできず、右土地に関する限り右売渡処分の取消を求める利益を肯定できないからこの部分について原告等の訴は不適法であり却下さるべきである。

因に農地法第三十六条の売渡処分の対価と同法第八十条所定の売払の対価とを比較するもその間に差異はないのである。

三、被告は選定者後藤義彦、後藤チヨウ、森喜子、森斌、中山宏子、姫野操、藤井康子、緒方隆、緒方鐘、緒方彰、緒方烝、樋口タマのためにする請求は、農地法施行令第十八条第一号によつても右選定者等において法令上当然に売払を受けるべき地位にはなく売渡処分の取消を求める利益がないから不適法であるという。

しかしながら原告は右選定者等が売払を受けるべき地位にあることのみならず買収前の所有者の有する返還請求権を相続により承継したことをも主張するのであつて、その主張の当否は暫らくおくとしてもその主張自体売渡処分の取消を求める利益がないとはいえない。

よつてこの点の被告の主張は採用できない。

第二、原告の請求原因についての判断。

一、本件土地がもと原告主張の者の所有に属していたところ、自創法第三条によつて買収されたこと。

そしてその後同法施行規則第七条の二の三により五ケ年売渡保留地に指定されたが、更に農地法公布の日から二年間その期間が延長されたこと。そして原告主張の日にその主張のとおり売渡処分がなされ、原告及びその選定者等が右売渡処分に対しそれぞれ原告主張の日に訴願したが三ケ月を経過するも右訴願に対する裁決のなされていないこと。

以上の事実はいずれも当事者間に争いがないところである。

二(一)、原告は本件土地は農地法施行令第十六条第四号所定の場合に該当し、同法第八十条第一項第二項、第三十六条第一項但書によつて同法条第一項本文の適用される場合ではないのに拘らずこれを適用してなされた本件売渡処分は違法であると主張するところ、被告はまず同法第八十条第一項所定の農林大臣の認定なき本件においては同条ならびに同法第三十六条第一項但書の適用の余地はないという。

ところで本件土地につき農地法第八十条第一項所定の農林大臣の認定のなかつたことは当事者間に争いのないところであるが、以下に述べるとおり農林大臣が右認定をなすかどうかはその自由裁量に委ねられているとみるべきではなく、所謂法規裁量に属すると考えられるので、これが自由裁量に属することを前提とする被告の主張は採用しない。即ち

自創法は耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速かつ広汎に創設し、又土地の農業上の利用を増進し以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的として立法せられ(同法第一条)、その目的に資するために耕作の目的に供せられる土地は一定の基準の下に政府において買収し、これを自作農として農業に精進する見込あるものに売渡すという方式を採用したのであるが、右の方式に従つて買収した農地がその後の事情の変化により農業上の利用以外の目的に転用する必要の生じた場合について特別の規定をおくことなく、僅かに昭和二十三年十月五日公布施行せられた農林省令により一部改正せられた自創法施行規則第七条の二の三第一、二項により五ケ年売渡を保留できるものとし、その間自創法第四十六条に基く国有農地等の一時貸付規則によつて当該使用者に一時貸付けておくという便法がとられたが、これらの土地については右保留期間経過後において都道府県知事が使用目的の変更を不相当と認めたときは遅滞なく売渡すとする規定(自創法施行規則第七条の二の三第三項)がおかれたにとゞまり、しからざるものについての処分については規定を欠いていたので引続き管理するという不便を除去するため自創法等農地関係法令の集大成を図つた農地法において第八十条の規定が設けられたのである。

そして右条項によれば政令の定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の目的に供しないことを相当と認めたときはこれを売払又はその所管換若しくは所属替をすることができるとし、その場合買収した農地等については除外事由ある場合を除き、買収前の所有者に売払わなければならないとしたのである。

以上の立法の経過ならびに右法条の文言に徴し、かつ買収は土地所有者の意思に基かず、唯公益上の目的によつてのみ公権力の行使としてなされるものであることに鑑みれば、右の売払は公益上の理由により一旦制限せられた私有財産の保障を形を変えて回復せしめる趣旨をも含むものと考えるのが相当であるから、公益上の目的を喪失する事態が生じたときは国はこれを保留することなく最優先的に買収前の所有者に回復せしめんとする法意と解すべく、かように解するならば前記農林大臣の認定は法規裁量に属するというべきである。

してみれば買収せられた土地についてその売渡処分がなされないうち前記一定の事由があれば必ず売払がなされるべきであり、売払のなされる場合は除外事由なき限り、買収前の所有者はその相手方たるべき地位を有しているのであるからかような地位は法律上保護に値する地位であり、この地位が売渡処分によつて侵害されることになる。

したがつて原告等及び選定者等のうち買収前の所有者は本件売渡処分の取消を求める利益ありとしなければならない。

(二)、しかしながら買収された農地について買収の目的が消滅したからといつて買収前の所有者は右農地の返還請求権を有するものではない。即ち一旦国が買収した土地はそれが公権力によつてなされる場合であつても特別の規定のない限りその所有権は完全に国に帰属し、これについても買収前の所有者と雖も何らの権利を有しないと解すべきである。

この点につき、原告は右のように解することは憲法の保障する財産権を侵害すると主張する。

そもそも憲法第二十九条でいう財産権の保障は絶対的自然法的な財産権保障の意味をもつものではなく、社会国家的理念に基ずく多くの制約を予定したものであつて、さればこそ財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定められ、正当な補償の下にこれを公共のために用いることができるのであり、一旦正当な補償の下に消滅せられたものがその後の事情変更によつて当然に回復せられるべきものとは考えられない。

自創法による買収も返還請求権を肯定してはじめてその合憲性が肯定せられるのではなく、その買収の目的と補償の面において憲法に違反するところがないが故に合憲とされるのである。

買収にして合憲性の肯定せられる以上買収の目的がその後喪失するに至つた場合の返還請求権を認めなかつたといつて何ら私人の財産権を故なく制限するものとはならないから、右主張は理由がない。又農地法第八十条は売払の相手方は買収前の所有者が最も適当と考えこれに最優先的地位を付与したゞけのことであつて、買収前の所有者に売払を請求する権利を与えたものと解することはできない。

(三)、そうすれば買収前の所有者の相続人は相続すべき返還請求権なく、買収前の所有者の買収された土地についての売払の相手方たるべき地位もまた相続の対象となるべきものでないところ、売払の相手方を何人とするかは立法政策の問題であること前述のとおりであり、相続人は売払の相手方として優先的地位を付与せられていないこと農地法施行令第十八条によつて明かであるから、買収前の所有者の相続人は本件売渡処分によつて何ら害せられるところがないという被告の主張は理由がある。

よつて選定者中後藤義彦、後藤チヨウ、森喜子、森斌、中山宏子、姫野操、藤井康子、緒方隆、緒方鐘、緒方彰、緒方烝、樋口タマヱは買収前の所有者の相続人であること当事者間に争いはないのであるからこれらのためにする本訴請求は失当である。

原告はこの点に関し右農地法施行令第十八条第一号は違憲であると主張するけれども、買収前の所有者にして買収せられた土地につき相続の対象となるべき権利を有していないのであるから相続人に対し売払をしない結果となつてもその法令の政策上の当否はともかくこれを違憲とすることはできない。

三、そこで進んで本件売渡処分の違法原因について考える。

(一)、原告等は本件土地の農地法施行令第十六条第四号に該当するという。

ところで農地法施行令第十六条は同法第八十条第一項により売払又は所属換、所管替をなすを相当とする場合を列挙して規定したものであるが、右施行令第十六条第四号にいう「国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり、且つその用に供されることが確実な土地」とは如何なる程度に達したものをいうのかについて先ず検討するに農地法第八十条の立法趣旨は前記のとおり解するところさらに農地法第七条第一項第三号自創法第五条第五号の文言と農地法施行令第十六条第四号の文言とを対比して考えると、農地法第八十条の処置をなすを相当とする場合とは国がその管理にかゝるものを売渡すことは明らかに無意味と認められる場合を指すものと解するのが相当である。即ち現行法制下において一旦買収した農地はこれを売渡すことを原則とし右農地法第八十条の処置をとることは例外に属せしめたものと解すべく右施行令第十六条第四号に規定する場合とは他の目的に利用されることが確実で且つ具体性をもち、その必要がさし迫つたもので何人の所有とするももはや農地として保持されるとは考えられない程度に立ち至つたものを指称し、単に四囲の状況からみて早晩宅地化することは必至であると考えられる程度のものは含まないと解するのが相当である。

よつてこの見地にたつて本件について考察する。

(1) 本件土地の立地条件ならびに本件売渡処分時の状況についてみるのに、本件土地がもと大分県速見郡石垣村に属していたが昭和五年一月二十五日都市計画法第二条第二項により、先に昭和二年勅令第三十五号によつて同法第二条第一項による市に指定せられていた別府市の都市計画地区に編入されたこと、その後昭和二十五年七月十八日法律第二百二十一号により別府法が公布施行され、これと呼応して本件土地の中央部東側海岸には別府国際観光港が経費五億八千万円、五ケ年計画で昭和二十六年十月一日より着工されたこと、更に右別府国際観光温泉文化都市建設計画石垣土地区画整理区域に関する建設大臣の認可決定が昭和二十七年三月二十七日なされ、同月三十一日被告より別府市に右決定通知がなされたこと、ついで昭和三十年三月三十一日には右地域のうち最も緊急の必要ある第一工区(境川より春木川に至る海岸線より鉄道線路までの間で本件土地の大部分はこの工区内にある)につき、建設大臣の設計認可を受けたことは当事者間に争いがない。

(2) 成立に争いのない甲第六乃至第九号証、第十二号証の一乃至十一、第十三号証の一乃至六、第十四号証の一、二、証人河村友吉、同脇鉄一、同荒金啓治、同弥田五郎(第二回)、同安部伝一郎、同友永一六、同小倉睦夫の各証言及び検証の結果を綜合すると、本件土地は別府市大字南石垣及び北石垣にあり、その位置は別府市大字別府の市街地と大字亀川のそれとの中間にあつて、国道第十号線に沿い、南側は境川を挾んで別府市の市街地に接し、西側は日豊線の軌道を挾んで旧石垣村の南石垣、北石垣の部落に接し、北側は六勝園道路を境として北須賀の住宅街に続き、東側は別府湾に面していること。

現在存在する別府港は明治三年に建築されたものであるが、その規模が小さいため、別府市の人口ならびに観光客等の増加に伴い、著しい不便を来し、その位置条件からみて今後の拡張増設等は困難なので、昭和二十一年頃より大型船舶の発着が可能な国際観光港建設の話が持ち上り、昭和二十二年別府市長等が観光港の建設を国家的事業とすることを国会に請願し、これが採択されるところとなり、運輸省等の別府海岸地の調査により、本件土地の中心部附近にあたる海岸地に観光港を建設することに決まり、前述の別府法の施行により、別府国際観光温泉文化都市建設事業として昭和二十六年十月一日より着工され、昭和三十年迄に工事費約一億五千万円、昭和三十三年迄に約二億五千万円を投入し、当裁判所の検証時である昭和三十四年四月九日には当初の予定工事の約三割程度が出来上つたこと、そして前記日豊線の観光港の真西にあたる部分に将来新駅を設置しこれらに呼応して右観光港に面する本件土地を含む石垣地区(東側は海岸線、西側は鶴見丘高校東側、南側は境川北岸、北側は春木川南岸)を将来市街地にする予定で土地区画整理が計画されて昭和二十七年七月その旨建設省より告示され、ついで右地域のうち最も緊急の必要ある前記第一工区につき計画がすゝめられ、昭和三十年三月十五日熊本農地事務局長より本件土地の右土地区画整理地区への編入認可がなされ、さらに前述の建設大臣の設計認可がなされた、しかしてその認可申請設計額は約六千万円で、着工は昭和三十年十一月、工事予定期間は三ケ年であつたこと。

右第一工区には従来から鉱泉口が三つあり、別府市が昭和三十四年九月現在一つ堀さく中であること、又堀さくしなくとも本件土地西方の実相寺山、鉄輪方面から比較的便利に引湯することができること。

(3) しかしながら右観光港の建設は一部の工事完工により既に使用可能の状態に至つてはいるが、当初の計画どおり毎年の工事費として予算が国県市に計上されているわけでなく、一時は国家予算の消減という事態すらあり予定どおり進捗していないこと。観光港正面に市街地を建設するということは何ら具体的計画があるわけではなく早急に市街地としなければならない必要もなく、すでに建設大臣の設計認可を受けた第一工区も港の正面に新駅を設置するという前提でなされているところ、国鉄当局の意図として果して新駅を設置する計画があるや否やは全く不明であること。

又市街地内に走るべき国道も道路の拡張を要するところ、この点について建設省と道路局とで意見が相違し、要するに着手された区画整理も現段階においてやつておかなければ将来困難になるという見地から調査設計のための人件費六十万円程度を投入したのみに過ぎないこと。

さらに別府市民の態度もそれぞれの地区により利害を異にし一致した協力態勢にあるわけではないこと。以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

(4) してみると本件土地の大部分である、およそ前記第一工区にあたる部分は右観光港の建設、土地区画整理の着手等四囲の事情により近い将来宅地に転化することはほゞ確実であり、その余の部分も早晩宅地化することは予想できないことはない。

しかし農地法施行令第十六条第四号に規定する事由は前記のような高度の具体性と緊急の必要性をもつことが要求されているのであつて、本件土地は未だその程度に達しているとは認め難く、したがつて原告の右主張は採用できない。

(二)、原告等は本件土地は客観的に宅地化すること明白な土地であるから農地法第三十六条第一項第一号を適用すべきものではないという。

しかし右条項は売渡の相手方たるべきものゝ資格について規定したものであつて売渡の対象たるべき土地についての規定ではないから原告等主張のような事由あることによつて右条項に違反するものとすることはできない。しかして本件土地が同条第一項但書に該当するといえないことは前記のとおりである以上、本件土地について同法第三十六条第一項第一号を適用したことを違法とすることはできないから右主張は理由がない。

(三)、更に原告等は本件売渡処分は別府法に違反するという。

別府法は国に別府市の都市計画事業を援助すべき義務を負わせているにとゞまり農地法による売渡までも禁止しているものではなく、右売渡処分が直ちに都市計画事業を阻害する結果を来すものとはいえないから、本件売渡処分は同法に抵触するものではない。

したがつて右主張も採用できない。

四、よつて原告等の本訴中、選定者武田忠六のためにする別紙一覧表77記載の土地につき大塚善一の持分権二分の一に関する部分ならびに選定者河野忠のためにする同一覧表44乃至46記載の土地に関する部分はいずれも不適法であるからこれを却下し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。

五、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 林義雄 芥川具正)

(別紙一覧表省略)

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